5日間の旅からもどってきました。
モンタナ州や、アイダホ州のひと気のないところから、人や大きな町が密集するカリフォルニアに戻ってきました。
プレーリーからカリフォルニアの砂漠地帯に戻って懐かしく感じました。
カリフォルニアはまだまだ気持ち季節。ゴルフ場も美しいです。
ゴルフ場で鹿たちを発見。まだ私のイエローストーン体験は続いています。
ただカリフォルニアは、今年の冬に全く雨が降らなかったので、ゴルフ場には水規制があり、かなりドライな部分も目立ちます。
雨のゴルフは大変ですが、 ゴルフ場には雨期も重要です。
さてこれからカリフォルニアでレッスン開始です!
Fun Life Style with Golf in U.S.A. & Japan! Golf! Beach! Fun work! LPGA, Party & Shopping! You will have fun! ゴルファーのアメリカでの生活を紹介します。ゴルフ、仕事、ビーチや、食事、買い物等々。 楽しんでご覧下さい!
10/01/2013
Yellow Stone National Park - イエロー・ストーン -
イエロー・ストーン国立公園は、世界で最初の国立公園で、世界遺産にも登録されています。
イエローストーンは、ワイオミング州の北西部のコーナーにあり、モンタナ州、アイダホ州にまたがっています。
サウスダコタ州から、ワイオミング州を抜けて、モンタナ州に入りましたが、国立公園の中でまたワイオミング州に戻りました。
2百万年前、130万年前、64万年前の火山爆発によってできた巨大カルデラ地帯で、まだマグマがたまっており、火山活動を続けています。
イエローストーンは一年の内にいつ雪が降ってもおかしくないとエリアもあり、その日もスノータイヤ規制が一部出されていました。
Geyser(間欠泉)と呼ばれる火山活動が活発でいたるところから、ぼこぼこと水が湧き出る活動が起こっています。
硫黄の匂いで、湯気が立っていて、いい湯そうでしたが(温泉もあるのですが)、この辺はかなり高度で、つかるような水ではないようです。
Geyserの周りは遊歩道があって、ちかくでGeyserの活動を観察できるようになっています。
イエローストーンは自然の宝庫。グランドキャニオンを呼ばれる地域もあって、立派な滝が流れています。
イエローストーン川の水で、イエローストーン湖に続いています。
イエローストーンは、ワイオミング州の北西部のコーナーにあり、モンタナ州、アイダホ州にまたがっています。
サウスダコタ州から、ワイオミング州を抜けて、モンタナ州に入りましたが、国立公園の中でまたワイオミング州に戻りました。
2百万年前、130万年前、64万年前の火山爆発によってできた巨大カルデラ地帯で、まだマグマがたまっており、火山活動を続けています。
| ゲイトを通って国立公園に入ります。 |
Geyser(間欠泉)と呼ばれる火山活動が活発でいたるところから、ぼこぼこと水が湧き出る活動が起こっています。
硫黄の匂いで、湯気が立っていて、いい湯そうでしたが(温泉もあるのですが)、この辺はかなり高度で、つかるような水ではないようです。
Geyserの周りは遊歩道があって、ちかくでGeyserの活動を観察できるようになっています。
イエローストーンは自然の宝庫。グランドキャニオンを呼ばれる地域もあって、立派な滝が流れています。
イエローストーン川の水で、イエローストーン湖に続いています。
イエローストーンは大自然、火山活動、そして野生の動物たちがたくさん生息しています。
Hidden Valleyのエリアでバッファローの大群にあうことができました。
メスは群れで動き、オスは自分だけで動くようです。
大群(たぶん200頭くらい)はメスと子供たちの群れ。
バッファローが通ると車も動けません。
バッファローたちのあとは、Old Faithfulという巨大間欠泉を見に。
噴水のように水を噴出す活動が見られるのですが、丁度いいタイミングで、すぐに始まるとのことでした。
少し雪が降っていたので、白い煙のなかで飛び出してくる間欠泉の写真はうまくとれませんでしたが、非常に興味深い自然の活動です。
雪が降り続く中、イェローストーンを後にしました。バッファロー以外にもエルクにも遭遇しました。
滞在時間は約5時間くらいでしょうか。 キャンプをしたりして、数日間過ごしたらさらにいろいろなものが見れて楽しかったと思いますが。楽しみはまた次回。
イェローストーンは是非また訪れたいと思いました。
国立公園を出てアイダホ州に入りました。
Continental Divide でアメリカ大陸の分岐点らしいです。
その分岐点で、水が太平洋に流れていくか、大西洋に流れていくか変わるようです。
Crazy Horse Memorial - インディアンの記念館 -
マウントラッシュモアを惜しみながらブラックマウンテンのドライブを30分くらい続けます。
同じくブラックマウンテンには、インディアンの記念館、Crazy Horse Memorial があります
マウントラッシュモアは、ブラックマウンテンという、インディアンの領域にアメリカ大統領の顔を彫刻したということで、論争もあったと書きましたが、ブラックマウンテンは、インディアン部族、ラコタ・インディアンたちの悲しい歴史も残っています。
インディアンの部族の一つ、ラコタインディアン(スー族ともいう)は、サウス・ダコタ州、ノース・ダコタ州に居住していたようですが、アメリカ政府により、その土地から出て、インディアン・リザベーション(保留地)に追い出されてしまいます。
たくさんの戦いがインディアンとアメリカ兵の間の戦いで、クレージー・ホースという名前のインディアンは、アメリカ兵によって背中から刺され、約35歳でなくなってしまいました。
彼は部族の中では偉大なヒーローで、その末裔であるスタンディング・ベアが、白人の彫刻家に、「ラコタの歴史のあるブラックマウンテンに、インディアンにも素晴らしい英雄がいたことを末裔に伝えたい」ということで、お願いして、1947年からその作業がはじまったようです。
しかしながら、その彫刻家は途中で亡くなってしまい、その作業はその子供たちに引き継がれ、まだ作業は続いています。
マウントラッシュモアは、ブラックマウンテンという、インディアンの領域にアメリカ大統領の顔を彫刻したということで、論争もあったと書きましたが、ブラックマウンテンは、インディアン部族、ラコタ・インディアンたちの悲しい歴史も残っています。
| ブラックマウンテン |
たくさんの戦いがインディアンとアメリカ兵の間の戦いで、クレージー・ホースという名前のインディアンは、アメリカ兵によって背中から刺され、約35歳でなくなってしまいました。
彼は部族の中では偉大なヒーローで、その末裔であるスタンディング・ベアが、白人の彫刻家に、「ラコタの歴史のあるブラックマウンテンに、インディアンにも素晴らしい英雄がいたことを末裔に伝えたい」ということで、お願いして、1947年からその作業がはじまったようです。
しかしながら、その彫刻家は途中で亡くなってしまい、その作業はその子供たちに引き継がれ、まだ作業は続いています。
クレイジー・ホースの彫刻は将来的には馬に乗ったインディアンの像で、上の写真のようになるように作業はまだ続けられています。
記念館にはインディアンの歴史、ラコタインディアンたちの肖像画、戦いに使われたアメリカ兵の銃、インディアンの弓矢、インディアンの服装等々いろいろなものが展示されています。
| おしゃれな羽飾り |
| 戦いで生き残ったインディアン |
| ラコタ族の酋長が、彫刻家Korzak ZiolowskiにCrazy Horseの彫刻をお願いにいったときの写真 |
インディアンについては、テレビや本を通して、日本にいながら知っていましたが、本当にこんな家に住んで、こんな服をきていたのかと見ると、感慨深いものがありました。
インディアンたちの名前は、Crazy Horse(狂った馬)とかStanding Bear(立ち上がっている熊)とかRed Cloud (赤い雲)とかSitting Bull(座っている牛)とか大自然の中で生きていたことを感じさせます。
メモリアルでは、イベントなども行われ、メモリアル完成のために必要な基金を募っています。
少し悲しいインディアンの歴史ですが、Crazy Horseの彫刻が完成することを祈ります。
さらにドライブを続けていくと、、、、、
バッファローを見つけました!
9/30/2013
Mt.Rushmore National Memorial - マウントラッシュモア -
雑誌や本で見たマウントラッシュモアを実際に見れる日がやってきました!
マウントラッシュモアはブラック・マウンテンというインディアンの部族が栄えた地帯で、そこにインディアン排斥を行った、アメリカの大統領の顔を彫刻するというのは非常に皮肉なことで、いろいろと論争もあったようです。
Gutzon Borglumという彫刻が始めましたが、途中でなくなって、息子のLincolnが引きついだようです。
大統領の顔の特徴、特に目のあたりは、とてもよく研究したらしく、よく出来ています。
マウントラッシュモアの大統領たちの顔を見るために、観光地になっています。
マウントラッシュモア・メモリアルといって、立体駐車場があり、博物館、レストラン、お土産物やさんが立ち並び、お年寄りや、足の悪い人でも楽しめるような環境になっています。
もちろんハイキングのコースもありますが。
| 初めてのマウントラッシュア体験はかなりゾクゾクしました! |
マウントラッシュモアはブラック・マウンテンというインディアンの部族が栄えた地帯で、そこにインディアン排斥を行った、アメリカの大統領の顔を彫刻するというのは非常に皮肉なことで、いろいろと論争もあったようです。
| 大統領の顔を彫刻したGutzon Borglum |
| 1927年から1941年まで、400名の工員が従事した。 |
| 左からワシントン大統領、ジェファーソン大統領、ルーズベルト大統領、リンカーン大統領 |
大統領の顔の特徴、特に目のあたりは、とてもよく研究したらしく、よく出来ています。
博物館には大統領のこと、彫刻家のこと、歴史、周りの自然、環境等いろいろとわかりやすく紹介されています。
Sand Hill to Mt. Rushmore - サンド・ヒルを越えてマウントラッシュモアへ -
ネブラスカ州から、マウント・ラッシュモアのあるサウス・ダコタ州にいく間に、サンド・ヒルという地帯を越えていきます。
砂丘に草がところどころ生息しているところで、不思議な地帯です。
結構長く続きます。
サンドヒルが終わると、農園地帯に入ります。
もうサウス・ダコタは近いです。
サウス・ダコタ州に入るとさらに広大な農業地帯です。
右も左も、農園の先には地平線が見えます。
マウント・ラッシュモアはサウス・ダコタ州の南西に位置します。
山を登っていくと、、、、
大統領の顔が見えてきました。。。
Wow!!
Buffalo Bill ~ ウエスタンのヒーロー! ビル・コーディー ~
ネブラスカは、アメリカンインディアンが住んでいた歴史的な場所で、ウエスタンの面影が残る興味深い場所でもあります。
マウントラッシュモアにいくためにネブラスカから少し北にドライブして、サウス・ダコタ州に入るのですが、道の途中で、North Platteという小さな町に入り、 「バッファロー・ビル」の博物館を見つけました。
まったく情報のなかった私ですが、その時代では名をはせたヒーローのようで、博物館ではいろいろと勉強になりました。
Buffalo Bill はニックネームで、彼は、Pony Express(馬にのって、メッセージを伝達するメッセンジャー)や、偵察員トとして活躍していたようです。インディアンの大きな部族、スー族の偵察員もしていたようです。そのあとは、ウエスタン・ショーをして馬にのったり、銃を扱ったりして、人気があったようです。
Buffalo Billの由来は、カンザス・パシフィック鉄道の工事員たちのために、バッファロー肉を提供するためにバッファローを捕獲するように雇われて、8ヶ月で4280頭ものバッファローを捕らえたことで有名です。
持っているような銃で殺したようで、銃もたくさん展示してありました。
Bill Codyは成功したビジネスマンで、豊かな暮らしをしていたようです。
マウントラッシュモアにいくためにネブラスカから少し北にドライブして、サウス・ダコタ州に入るのですが、道の途中で、North Platteという小さな町に入り、 「バッファロー・ビル」の博物館を見つけました。
まったく情報のなかった私ですが、その時代では名をはせたヒーローのようで、博物館ではいろいろと勉強になりました。
Buffalo Billの由来は、カンザス・パシフィック鉄道の工事員たちのために、バッファロー肉を提供するためにバッファローを捕獲するように雇われて、8ヶ月で4280頭ものバッファローを捕らえたことで有名です。
持っているような銃で殺したようで、銃もたくさん展示してありました。
| ウエスタンの町並み |
| インディアンの家 ティピ |
| パシフィック鉄道の工員のためにBill Codyはバッファローを殺した。。。 |
Bill Codyは成功したビジネスマンで、豊かな暮らしをしていたようです。
Bill の家はかなりモダンな感じ。
Driving across US - Ohio ~ Indiana ~ Illinois ~Iowa ~ Nebraska
オハイオでの仕事は終わり、涼しくなってきたところで、カリフォルニアに戻ってきました。
例のごとく、車でオハイオから戻ってきました。
帰りは少し遠回りをして、マウントラッシュモア、 イエローストーンを周り5日間の予定で出発しました。
出発前日のInverness Club。とてもいいお天気でした。
でもまだゴルフ場は芝の張り替え中。来年には美しいフェアウェイ、グリーンになっていることを願って出発です。
まずは最初の目的地はネブラスカ州。
オハイオから、インディアナ州、イリノイ州、アイオワ州を越えていく結構な距離です。
700マイル、車で10時間くらい。
オハイオのとうもろこし畑から、インディアナのとうもろこし畑へ。
イリノイのシカゴの近くを通りますが、またとうもろこし畑へ。
アメリカ一長い、ミシシッピー川を越えてアイオワ州に入ります。
アイオワ州に入ってもとうもろこしの生産は続きます(笑)
アメリカはとうもろこしの生産世界一ですから。
アイオワ、ネブラスカはプレーリーの農園地帯。
とうもろこしや、豆類、牧場もたくさん。
広大な範囲で農園が広がっていますが、どうやら農業はアイオワのGDPの3.5%程度らしい。
最近は食物処理、機械、化学品などの工場がメインのビジネスのようです。
ネブラスカはさらに、農園、牧場が続く。。。。
牛や豚、とうもろこし生産の拠点です。
農園、牧場は広大ですが、不思議と働いている人が見つからない。
広大な土地だから、、、でしょうか??
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